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猿ヶ京温泉

泉質
ナトリウム・カルシウム-硫酸塩塩化物泉
源泉温度42~58℃

旧新治村の、ダム湖である赤谷湖のほとりに16軒のホテル、旅館が存在する。それ以外にも温泉民宿が多数存在し、それらを含めると約40軒の施設が存在する。

日帰り入浴施設は2軒存在する。「まんてん星の湯」と「猿ヶ京温泉センター」である。

温泉の発見は約400年前とされる。開湯伝説によれば、猿が大やけどを負った子供を温泉に入れて助けた、とされる。また、猿ヶ京の地名は上杉謙信の命名とされる。唐申の年、申の月、申の日に、申年である謙信が縁起の良い夢を見たことに因んで地名を「申ヶ今日」と改め、後に漢字が現在のものに変わったとされる。ただし、温泉の名前は笹の湯、または湯島温泉と呼ばれていた。

昭和33年、ダム建設により温泉地がダムの湖底に沈むことになり、現在の温泉街が存在する場所へ移転した。その時から温泉名も猿ヶ京温泉を名乗るようになった。ダムに沈んだことがある温泉地は、他にも日中温泉、鶴の湯温泉、入之波温泉、大牧温泉、大塩温泉などが存在する。

2005年10月1日のみなかみ町誕生に際し、大字が「猿ヶ京」から「猿ヶ京温泉」へ変更となった。

アクセス
鉄道:上越新幹線上毛高原駅よりバスで約50分。
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川原湯温泉

泉質
含食塩石膏硫化水素泉


吾妻川の谷間の上部に、数軒の旅館がひしめく様に存在する。

共同浴場は「王湯」「笹湯」、そして寸志で入浴できる混浴の「聖天様露天風呂」が存在する。

温泉街の有る場所は八ッ場ダムで完成する湖によって沈む場所に存在し、いずれ移転する予定である。川原湯温泉の源泉もまた、ダム湖に沈む予定である。温泉街最上部の予定湖面より高い地点には、ダム水没による移転対策で新たにボーリングされた源泉が存在する。新源泉は高温の源泉のため、源泉にて温泉たまごを作る光景がよく見られる。また新源泉の近くでは足湯が楽しめるようになっている。

ゆかけ祭り
温泉街で行われる祭で、奇祭とも言われる。450年程前に源泉が一時枯渇し、鶏を生贄に祈願したところ湯が再び湧きお湯を掛け合ったとされることに由来する。

ゆかけ祭りは毎年1月20日の大寒の未明に行われている。紅白を褌の色で区別し、2手に分かれ褌一丁で「お祝いだ、お祝いだ」と叫びながら、お湯を掛け合う。最後に鶏の入ったくす球が割れ、鶏を捕まえた人は運が良いとされる。ちなみに「お祝いだ」の掛け声は「お湯湧いた」から変化したと言われている。

1193年に、源頼朝が狩をしている最中に発見したとされる。共同浴場の「王湯」にはそれに因んで源氏の家紋(笹竜胆【ササリンドウ】)が掲げられている。

アクセス
鉄道:JR吾妻線川原湯温泉駅下車徒歩15分
高速バス:新宿駅新南口から、JRバス関東「上州名湯(ゆ)めぐり号」で約3時間40分 川原湯温泉下車(川原湯温泉駅前より発着)

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奈女沢温泉

泉質
含ラジウム石膏泉
その効能から「釈迦の霊泉」の異名を持ち、万病に効くとされる。

旧月夜野町内に温泉地は位置し、1軒宿の「奈女沢温泉」が存在する。

他に何もなく、また旅館もその温泉の効能から湯治場的な雰囲気を有していることから、ひっそりと落ち着いた雰囲気である。

歴史は古く、上杉謙信の隠し湯であったとされる。

昭和54年3月27日 - 環境庁告示第12号により、上牧温泉とともに国民保養温泉地に指定。

アクセス
鉄道 : 上越線上牧駅より車でおよそ15分、上越新幹線上毛高原駅よりタクシーで約20分。

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沢渡温泉

泉質
カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物温泉
源泉温度55℃
肌に対する効能が高く、その美肌効果は「一浴玉の肌」と言われている。また、草津温泉での湯治で荒れた肌を治す「草津温泉の仕上げ湯」としても知られる。 群馬県医師会温泉研究所附属沢渡病院があり、患者に温泉の効能や環境を利用したリハビリテーションが行われている。

十数軒の旅館と一軒共同浴場が存在。

開湯年代は不明。遺跡調査では縄文時代には既に温泉が湧出していたとも言われている。また1191年開湯の伝説もある。近隣の温泉地同様、源頼朝が入浴したとの伝説も残されている。

江戸時代には湯治場としても賑わい、高野長英、福田宗禎らも当地に立ち寄ったと言われる。

大正時代にも若山牧水が当地を訪れるなど、多くの文人らが訪問している。

1945年(昭和20年)の火災で温泉街は壊滅したが、その14年後の1959年(昭和34年)に再び温泉地として復興している。

アクセス
車 : 関越自動車道渋川伊香保ICより約60分。

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老神温泉

泉質
アルカリ性単純温泉
源泉温度40~65℃
肌に対する効能から「美人の湯」「傷治の湯」の異名を持つ

片品川沿いに温泉街が広がり、宿泊施設が19軒存在しその全てにて日帰り入浴が可能。
温泉街では朝市が春~秋の間行なわれている。
尾瀬訪問の宿泊地としても利用されおり、夏場には尾瀬へ向かうバスも当地から出る。


開湯伝説によれば、赤城山の神である大蛇と、日光の二荒山の神である大ムカデが争った際、赤城山の神がこの地に出来た温泉で傷を癒して二荒山の神を追い払ったとされる。この時、神を追い払ったという事で「追神」温泉と命名され、後に転じて「老神」温泉となった。

古くは片品川を挟んで老神温泉、穴原温泉と名称が分かれていたが、現在は両方を併せて老神温泉と呼んでいる。


開湯伝説・神域
その昔、赤城山を根城にしてその近辺を統治していた大蛇の神と、日光を統治しているムカデの神が聖域・神域をかけて争っていた。その戦は長期にわたり激しい争いが続いた。そして、日光にある戦場ヶ原という場所で繰り広げられた戦いで、日光のムカデ神の軍勢が放った矢に大蛇神が大きな傷を負ってしまう。しかたなく、大蛇神は戦場ヶ原を撤退し、後の老神温泉付近まで逃げてきた。そこで大蛇神がムカデ神より放たれ、今まで体に刺さっていた矢を地面へと突き刺した。するとそこから温かい湯が湧き出であっという間に湯の泉を作った。その湯に大蛇神は浸ると立ち所に傷が癒え力が漲ってきた。そして、ムカデの神を見事に日光へと追い返したという。

この伝説には上述の他に諸説あり、以下の様な説が挙げられる。

赤城山の神がムカデ・二荒山の神が大蛇という説実はムカデが勝利したという説。
最後にムカデ神を追い返した時に大蛇神には助太刀がいたという説(この助太刀は、野山に住む神獣・白猿・白雉・白鹿・白蛇etcといわれている)。
大蛇神が傷を負ったのは眼で、追い払うときにムカデ神の眼に矢を射った。
この伝説はこの地方の貴族や豪族、有力者の争いを神権化したものという説。
大蛇神は八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の子孫・眷属・同神族であるという説。
赤城山の山中には大蛇塚(または蛇頭塚・蛇神塚)なるものがあり、その場所は地元や老神温泉の中でも一部の者が知っている聖域・神域とされている。一方でこの大蛇神を奉った塚や社が、老神温泉から望める大楊山やその奥山加えて近辺の山にも相当数存在していると言われている。その一部は洞窟や石社になっており、御(護)神刀や短刀、弓矢等の武器・宝物・宝刀に加えて大蛇が描かれた水墨画・山水画・日本画も奉納されている。 これらの場所は文化財の盗難や破壊を防ぐために詳細を示さないが、奉納されている神器は時価にして相当額に上るものもあるとのことでそれぞれ貴重な品々であると言えよう。

アクセス
鉄道 : 上越線沼田駅よりバスで約50分。
ただし事前に温泉内のホテルや旅館に宿泊予約を入れ、送迎バスを利用したい旨を伝えた場合に限り沼田駅より無料送迎バス『じゃおう号』が利用可能。

車 : 関越自動車道沼田I.C.を降りて左折し尾瀬・日光方面へ、国道120号線を行き椎坂峠を越えた先にある老神温泉への案内に従ってその方向へ。(薗原湖、薗原ダムの付近を通っていく方法もあるが、難路である事から推奨出来るルートではない。)

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