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稲取温泉

泉質
硫酸塩泉

稲取港の側、伊豆半島から突き出た岬部に30数軒のホテル、旅館、民宿が存在する。

開湯は1956年(昭和31年)である。

2005年~ 毎年7月最終金曜日、土曜日に潮風よさこいが開催される。

2006年に、稲取温泉観光協会によって事務局長の全国公募が実施された。公募によって選ばれた新事務局長は2007年4月1日に就任した。

アクセス
鉄道:伊豆急行線伊豆稲取駅下車
周辺道路:国道135号
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畑毛温泉

泉質
単純温泉
源泉温度34~37℃
無色透明の源泉
ラドンの含有量が多い(但し放射能泉になるほどの含有量ではない)

田園地帯に7軒の旅館が存在する。

富士山の眺めも素晴らしい温泉地である。

共同浴場などはなく、日帰り入浴は旅館の日帰り受付を利用することになる。

古くから温泉が開けていた。伝承では、源頼朝が当温泉で軍馬の療養を行ったとされる。

また、江戸時代には「湯塚の湯」という名前で、腫れ物に対する温泉の効能が広く知られていた。寛延年間に湯治が行われたという文章の記録が残る。

与謝野晶子が畑毛温泉を訪れ「湯口より遠く引かれて温泉は 女の熱を失ひしかな」の句を残している。

上林暁が畑毛温泉を訪れた際の様子を『浴泉記』に記している。

昭和37年3月10日 - 厚生省告示第65号により、奈古谷温泉とともに国民保養温泉地に指定。

アクセス
鉄道 : 東海道本線函南駅よりバスで約20分。

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大仁温泉

泉質
ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉
源泉温度64℃

大仁駅から高台にかけて、7軒の旅館が存在する。

近隣の温泉街のような派手さはなく、商店街住宅街の中に旅館があるといった雰囲気である。

近くには、狩野川が流れ、友釣りの発祥の地であることから鮎料理が名物である。 共同浴場はなく、旅館の日帰り入浴を利用することになる。温泉街のはずれにある「一二三荘」は、近隣の人が入浴に訪れ共同浴場的な使われ方をしている。

開湯は1949年である。これに先立つ1938年、隣接する大仁鉱山(瓜生野金山)鹿ノ原坑から温泉が湧出し、金の採掘が不可能となった。この温泉の処理に困った鉱山側は、敷地内にヘルスセンターを開設して鉱山労働者と観光客向けに供する事となった。その後、鉱山は計画的な温泉掘削を行ない、安定した湯量が得られるようになった。戦後は旧大仁町方面への給湯も開始され、既存の宿泊施設がこの供給を受ける事となった。

なお、ヘルスセンターは現在は1990年代始めに営業を終了し解体撤去された。跡地では現在、スパリゾート施設『大仁金山温泉 百笑の湯』が営業している。

アクセス
鉄道:伊豆箱根鉄道駿豆線大仁駅下車

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伊豆長岡温泉

泉質
アルカリ性単純泉

温泉地の中心にある源氏山を挟んで西側の長岡地区、東側の古奈地区に分かれる。昔は別々の温泉名で呼ばれていたが、現在は両地区を合わせて「伊豆長岡温泉」と呼ばれる。

高度成長期には歓楽街的温泉として栄えたことから、飲み屋やストリップ劇場など、往時の歓楽街的温泉が持っていた要素が現存する。

長岡地区側には、足湯を中心とした「湯らっくす公園」が存在。

共同浴場は、長岡地区に2箇所、古奈地区に1箇所存在する。

温泉地には、温泉での治療を目的とした病院も多数存在する。

古奈地区の開湯は約1300年前とされ、吾妻鏡にも登場する。源頼朝も入浴したとされる。

一方長岡地区の開湯は明治時代に入ってからである。

アクセス
鉄道:伊豆箱根鉄道駿豆線伊豆長岡駅よりバスで約5分。
車:東名高速道路沼津ICより約30分。

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湯ヶ島温泉

泉質
含芒硝石膏泉・重炭酸土類泉
源泉温度45~50度

効能
慢性消化器病・リューマチ・神経痛・冷え性・筋肉痛・関節痛

狩野川(かのがわ)の周辺に旅館が並び共同浴場もある。

歴史の古い温泉で、明治以後も多くの文人が訪れ、川端康成が『伊豆の踊子』を執筆したのもこの温泉。川端康成はこの地を愛し、長逗留して執筆活動を行ったが、その部屋は今でも残されているという。井上靖の『しろばんば』でも知られている。

アクセス
鉄道 : 伊豆箱根鉄道駿豆線修善寺駅からバスにて約30分。

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