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古湯温泉

泉質
放射能泉
源泉温度43℃
「美人の湯」といわれる。

嘉瀬川と貝野川の合流部付近に温泉街が広がる。15軒の旅館が存在する。

温泉街ではイベントが多く開催されている。

6月に蛍鑑賞会、7月に古湯温泉花火大会、9月に古湯映画祭などが行われ、他にも多くのイベントがある。

共同浴場は一軒、「古湯温泉センター」が存在する。

開湯伝説によれば、2200年前に秦の始皇帝の命令で、日本に不老長寿の薬を探しに来た徐福が発見したとされる。

古くから湯治場として知られた。斎藤茂吉、青木繁、郭沫若らの文人墨客も多く訪れた。

1966年(昭和41年)8月1日、熊の川温泉とともに国民保養温泉地に指定。

アクセス
鉄道 : 長崎本線佐賀駅よりバスで約45分
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テーマ : 温泉 - ジャンル : 旅行

武雄温泉

泉質
単純温泉
炭酸水素塩泉
源泉温度45~51℃
温泉水を利用した化粧水も製造されている。

温泉街にある、1914年(大正3年)に作られた楼門が温泉街のシンボルである。この楼門は辰野金吾の設計によるものである。門の内側には資料館である武雄温泉新館が存在する。この2棟は国の重要文化財に指定されている。その昔1973年(昭和48年)までは共同浴場であった。近年建物は改装され、楼門に近いイメージの外観となった。

共同浴場は3軒存在する。

元湯
蓬莱湯
鷺乃湯
の3軒である。

また、鍋島氏専用の浴場であった施設が存在し、貸切風呂として入浴できる。

殿様湯
家老湯
である。貸切風呂は他にも柄崎亭が存在する。

旅館は17軒存在する。

温泉街では春と夏に祭りが開かれる。また、周辺には窯元も多いことから毎月陶器市が開催される。

開湯は約1200年前である。伝説によると神功皇后が凱旋の途、太刀の柄で岩を一突きしたところ、たちどころに湯が湧き出たと言われており、よって昔は柄崎温泉と呼ばれていた。また、蓬莱山の麓に湧くことから蓬莱泉とも呼ばれていたという。 また、嬉野と同じく、この武雄も肥前国風土記にその名が登場する。

豊臣秀吉は朝鮮出兵の際に、負傷兵士の湯治場として利用したといわれる。

江戸時代は街道の宿場町としても栄え、幕末には長崎を往来した勤皇志士や文人らが盛んにこの湯を訪れたという。著名な人物を挙げると、佐賀藩城主の鍋島氏、江戸時代初期には伊達政宗、宮本武蔵が、また幕末にはシーボルト、吉田松陰らが入湯したといわれる。

戦後は嬉野温泉と共に歓楽温泉としての道を進んだこともあったが、今日ではその傾向は薄い。代わりに観光地としての開発が盛んで、様々な観光施設やモニュメントが設けられている。

アクセス
佐世保線武雄温泉駅より徒歩約10分。

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熊の川温泉

泉質
放射能泉
源泉温度32.9℃、38.7℃の二本の源泉が存在
湧出量はそれぞれ毎分60リットルと183リットル

嘉瀬川沿いに温泉街が広がり、7軒の旅館が存在する。

共同浴場は2軒存在する。元旅館の「熊ノ川浴場」と、市営浴場の「鵆の湯」が存在する。

開湯は821年である。開湯伝説によれば、弘法大師が水鳥を見て発見したとされる。

鍋島勝茂の湯治の記録も残る。

郭沫若も大正13年に訪問している。

昭和41年8月1日、古湯温泉と共に国民保養温泉地に指定。

アクセス
鉄道:長崎本線佐賀駅よりバスで約35分。

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嬉野温泉



泉質
ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉
美肌に効果がある重曹泉で、入浴した後につるつる感がある。その泉質は中央温泉研究所と藤田聡によって「日本三大美肌の湯」に選ばれている(残り2つは斐乃上温泉、喜連川温泉)。

町の中心地に湧く温泉地で、九州でも有数の大温泉街である。嬉野川を挟んで大小50軒近くの旅館が軒を並べ、その中でも第38回全国植樹祭の際に昭和天皇が宿泊した和多屋別荘が有名である。夜には歓楽色豊かなネオン街が煌びやかに輝く一方で、昼間は昔ながらの町並みが溶け込んだ人情味豊かな湯の町としての雰囲気を持つ。

名物はドイツ人の設計、大正13年に造られた公衆浴場「古湯」であり、現在は老朽化と2005年3月20日に発生した福岡県西方沖地震の影響により取り壊され、当時の設計通りに立て直される予定である。

露天風呂に力を入れている旅館が多く、一部の旅館で風呂巡りが可能である。また、飲用にも適しており、中でも温泉を使って炊いているという温泉湯豆腐は嬉野を代表する名物として人気がある。

歴史は非常に古く、神功皇后の西征にまで遡る。その帰途に白鶴を見付けたが、傷を負っていて心配していたところ、河原に舞い降りて湯浴みをすれば、再び元気に去っていくのを見て「あなうれしの」と感想を述べたという。嬉野という地名は、この逸話に因るという。

また、和銅七年に記された肥前国風土記には万人の病を治す名湯として嬉野の名が挙がっている。

江戸時代には長崎街道の宿場町として栄え、多くの往来があった。その中で『和漢三才図会』や『江戸紀行』などに嬉野温泉の様子が記され、この頃から歓楽温泉としても知られていたようである。

戦後は福岡都市圏の奥座敷として栄え、西の別府といわれるほど歓楽温泉として名を馳せた。だが、各の温泉旅館は風格が調っており、それぞれが趣を持った風呂を持っている。また、今日では美容と健康を売りとして、女性にも照準を合わせており、美肌効果の効能を全面的に売り出したり、名物の温泉湯豆腐をPRするなどしている。また、イベントも多く実施されているが、他の温泉地と比較すると、新たな施設の投入は少ない方である。

嬉野市の旧嬉野町では、古くから茶が栽培されている。そのため、嬉野市や観光協会では、「お茶といで湯の」温泉地であることを積極的に宣伝しており、両者を結びつけた様々な取組みも行っている。

アクセス
鉄道(JR九州駅からのアクセス)
佐世保線武雄温泉駅よりJR九州バスで約30分。
佐世保線佐世保駅から西肥バスで約1時間。
長崎本線肥前鹿島駅から祐徳バスで約30分。
大村線彼杵駅からJR九州バスで約25分。
高速バス
九州急行バスが運行する「九州号」を利用。温泉街にある嬉野温泉駅(国道34号)を経由する便と長崎自動車道嬉野インターチェンジのみに停車する便とがあり、近年は路線高速化の影響で後者の本数が圧倒的に多い。前者が1日3本しかないのに対し、後者はおよそ30分に1本の割合で運行されている。
福岡市(博多駅交通センター・西鉄天神バスセンター)から約2時間
長崎市(長崎駅前)から約1時間
空港乗合タクシー
佐賀空港の開港にあわせ、地元タクシー会社が運行を開始。車両は9人乗りのジャンボタクシーで、佐賀空港からの所要時間はおよそ1時間。事前に予約が必要だが、タクシーの特徴を活かし、宿泊先の旅館・ホテルまで佐賀空港から直行できることを売りにしている。

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