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七里田温泉


泉質:マグネシウム・ナトリウム・炭酸水素塩泉
源泉温度:56℃
泉色:黄白濁色
炭酸を多く含んだ適温の湯が大量に湧出しており、源泉かけ流しを行っている。

効能
入浴:神経痛、筋肉痛、五十肩など
飲用:慢性消化器疾患、糖尿病、肝臓病など

地元温泉組合が運営する施設(木乃葉の湯、下湯(したゆ)温泉共同浴場)のほかに民宿があるだけの山間の静かな温泉。

鎌倉時代から戦国時代にかけてこの地を治めていた朽綱氏が湯治などに使っていたとされる。朽網宗暦は「出湯の儀在所の飾りに候間方式修理掃除当申付事云々(=温泉はこの地の宝であり土地の決め事を守って修理や掃除などの怠りこと無い様に申し付ける)」という教訓状を与えている。

後の岡城主三代目中川久清が、寛永3年(1663年)にここに御茶屋を建て湯治に使っていた記録が残っており、湯守に米一石五斗を与えて温泉の管理に当たらせた。

アクセス
JR九州豊肥本線豊後竹田駅から、大分バス(竹田交通)のバスで30~40分。須崎または三船下車、徒歩約20分。
平日は1時間に1本運行されるが土曜・休日は便が減るので事前に確認すること。(大分県道47号竹田直入線を経由する。)
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テーマ : ♡温泉だいすき♡ - ジャンル : 旅行

長湯温泉

泉質
含重炭酸土類泉
源泉温度40~45℃。
源泉によって透明から黄白濁まで色が異なる。
炭酸を多く含んだ適温の湯が大量に湧出しており、各施設とも基本的に源泉かけ流しを行っている。源泉中の炭酸成分は、2,970mg/kgであり、成分上は吉川温泉など他の温泉より劣る。だが、浴槽まで炭酸成分が殆ど抜けないため、入浴時に体中に大量の泡が付着する。この源泉成分を分析し、1988年に花王が「日本一の炭酸泉」と命名した。命名の理由は、炭酸が抜けやすい高温泉でありながら多量の炭酸が湯船に残っていることによる。

効能
糖尿病・胃腸病・心臓病など。入湯のほかに飲泉も内臓系に効能が高いが、味は苦渋く、いかにも『胃腸に効きそう』。

芹川の流れに沿って旅館や国民宿舎が点在し、その周辺は田園風景が広がる。ガニ湯周辺には旅館や温泉施設が比較的集中しているが、ネオンサインの類は無い。飲泉所・湧水が点在している。

主要公衆浴場・共同浴場
ガニ湯(カニ湯とも言う):芹川の川原にある石組の露天風呂、無料・混浴。脱衣所は無く浴槽も周辺の道路や旅館から丸見えだが、黄白濁のぬるめの湯はのんびり浸かるのに丁度良い。夜は耳元でせせらぎを聞きながら星見の露天が楽しめる。
直入町温泉療養文化館 御前湯:直入町は炭酸泉で有名なドイツのバートクロチンゲン市と姉妹都市提携をしており、それにちなんで作られた洋館風温泉館。休憩仮眠所もある。
温泉交流館 長生湯:庶民的な値段(200円)で利用できる公衆浴場。ただし入口は回転扉となっていて、入るには少々コツがいる。
天満湯:ここも庶民的な値段で利用できる公衆浴場。長生湯の対岸に位置する。 
ラムネ温泉:芹川沿いに建つ木造小屋風の施設。湯は透明の炭酸泉で名の通り(砂糖の入っていない)ラムネである。設計は建築家の藤森照信。
お湯の駅 あすかの湯(正式には竹田市久住に所在):ここも同じく芹川沿いに建つ温泉で大船の湯、久住の湯、黒岳の湯、由布岳の湯、阿蘇の湯、祖母の湯、高崎山の湯、鶴見岳の湯と呼ばれる8つの露天風呂付き家族風呂があって、あすか川の湯と呼ばれる男女別々の共同浴場がある。夏季にはオートキャンプもできる。
ながの湯:(スタブ)

アクセス
鉄道 : 豊肥本線豊後竹田駅から大分バス(竹田交通)のバスで40~50分。
平日は1時間に1本運行されるが土曜・休日は便が減るので事前に確認すること。(大分県道47号竹田直入線を経由する。)

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日田温泉

泉質
単純泉
源泉温度40~42℃
ナトリウム炭酸水素塩塩化物泉
源泉温度64.5℃

三隈川沿い、主に隈一丁目田中町・紺屋町付近に温泉街が広がり、8軒の旅館が存在する。

少し離れた三隈川の中洲の「かんぽの宿日田」にも温泉がある(ナトリウム炭酸水素塩塩化物泉はここでのみ使われている)。

夏場は三隈川に屋形船を出したり、鵜飼を行っている。5月下旬の川開き観光祭には花火が打ち上げられる。

近代に温泉がわき、徐々に温泉を扱う旅館が開業したというが詳細は不明。

商業町としての隈町
隈町は、文禄3年(1594)に宮木豊盛が築いた日隈城の城下町として形成され、慶長元年(1596)に毛利高政によって現在の町割りの原型が築かれる。当時は現在の中本町、隈1丁目、2丁目を二重の堀と土塁で囲み、要所に木戸門を設けて朝夕に開閉していたといわれている。ちなみに宮木豊盛は、日田地方に岐阜の鵜匠を四人連れてきたとされている。

江戸時代には商人町として賑わいを見せる。三隈川河畔では、天和年間(1682頃)から杉丸太の筏流しが始まり、木材関係の商家が軒を連ねていた。仲介商であった㊂鍋屋森家は18世紀前期から後期に渡り諸国郡へ商いの手を伸ばし日田で指折りの商家となっている。18世紀後期から吉井や田主丸等の地方の在町が成長するにつれ、仲介商業は衰退していき、文化・文政・寛政は日田商人にとって暗黒時代ともいうべき不況が続いている。また、不運にも安永・文化・文政としばしば、火災に遭い文化12年(1815)の大火は悲惨であったといわれる。

アクセス
久大本線日田駅よりバスで約5分。

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天ヶ瀬温泉

泉質
硫黄泉
食塩泉
単純泉
かつては河川敷を掘ればどこでも温泉が湧いたという。

玖珠川沿いに約10軒の旅館ホテルがひしめくように建っている。

共同浴場は、玖珠川沿いに露天風呂が7箇所存在している。いずれも料金箱に100円を入れることで入れる。

温泉街では、「温泉パスポート」という湯巡りパスポートを発行している。

開湯時期は不明。奈良時代に書かれた豊後国風土記にその名が登場しており、開湯はそれ以前であると考えられる。豊後国風土記には、天武天皇の時代の大地震で温泉が湧出したと記載されている。

筑豊の炭鉱が賑わっていた頃は、炭鉱関係者の保養地として歓楽温泉地的な賑わいを見せていた。

アクセス
鉄道:久大本線天ヶ瀬駅下車すぐ。

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湯平温泉

泉質
弱食塩泉
飲泉時に胃腸に対する効能が特に優れているとされる。温泉水を料理に使ったり、飲用で提供したりする旅館も存在する。かつてはこの温泉水を全国に出荷していた。

花合野川沿いの谷間に温泉街が広がる。

温泉街の通りには江戸期に作られた石畳が敷かれ、その両側に飲食店や土産屋、共同浴場、旅館が並ぶ。温泉の旅館・ペンションなどが共同で営業するショットバーも存在し、昔ながらの雰囲気だけではなく新しいものも取り入れられている。人気の由布院温泉にも近く、最近は若年層を中心とした宿泊者が増加傾向にある。

共同浴場は5軒が存在する。

金の湯
金の湯は以前は源泉に多量の土が混じり、黄色い色をしていたためにこの名があるが、湯量減少に伴う近年のボーリングにより現在は透明なお湯となった。透明となったあとも泉質に変わりはない。
銀の湯
銀の湯は2006年にリニューアルされ、足湯が併設された。
中の湯
中の湯は長らく休館していたが、リニューアルの上で再オープンしている。
橋本温泉
砂湯(中央温泉)
砂湯は花合野川の川面の間近な場所にあり、台風や大雨などにより花合野川が増水した場合は土砂が流入したこともあったことから、現地では昔から「砂湯」の名称で親しまれている。中央温泉の別名があり、一時はこちらが正式名称とされ、川に面した壁に「中央温泉」と書かれていた。
入浴料は1箇所につき100円~200円であるが、管理人は常駐しておらず、各浴場の入り口付近に祀られた地蔵の賽銭箱に入浴料を投入する。当温泉の宿泊施設の宿泊者は無料である。

猿が湯に入っていたところを見て、温泉があるのを発見したという開湯伝説がある。

その効能の高さから、古くから湯治客が多く訪れ、鎌倉時代には既に湯治場として開けていたとされる。史料でも、室町時代には温泉が存在していたことが確認できる。

現在の温泉街の象徴的光景ともいえる石畳は、約300年前の江戸時代に、住民たちにより花合野川の石を用いて作られた。明治時代に2度あった大火からの復興時も、石畳が取り壊されることはなく、石畳の道を中心として町並を復興した。

1930年には、種田山頭火がこの地を訪れている。

1959年5月4日、厚生省告示第115号により「湯布院温泉」として、由布院温泉とともに国民保養温泉地に指定。

アクセス
鉄道:JR九州久大本線湯平駅よりタクシーで約10分または徒歩約1時間。同線由布院駅よりタクシーで約30分。
※湯平駅・由布院駅からの路線バスは2007年1月に廃止され、由布市コミュニティバスが運行している。
車:大分自動車道湯布院インターチェンジより約30分。

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