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武雄温泉

泉質
単純温泉
炭酸水素塩泉
源泉温度45~51℃
温泉水を利用した化粧水も製造されている。

温泉街にある、1914年(大正3年)に作られた楼門が温泉街のシンボルである。この楼門は辰野金吾の設計によるものである。門の内側には資料館である武雄温泉新館が存在する。この2棟は国の重要文化財に指定されている。その昔1973年(昭和48年)までは共同浴場であった。近年建物は改装され、楼門に近いイメージの外観となった。

共同浴場は3軒存在する。

元湯
蓬莱湯
鷺乃湯
の3軒である。

また、鍋島氏専用の浴場であった施設が存在し、貸切風呂として入浴できる。

殿様湯
家老湯
である。貸切風呂は他にも柄崎亭が存在する。

旅館は17軒存在する。

温泉街では春と夏に祭りが開かれる。また、周辺には窯元も多いことから毎月陶器市が開催される。

開湯は約1200年前である。伝説によると神功皇后が凱旋の途、太刀の柄で岩を一突きしたところ、たちどころに湯が湧き出たと言われており、よって昔は柄崎温泉と呼ばれていた。また、蓬莱山の麓に湧くことから蓬莱泉とも呼ばれていたという。 また、嬉野と同じく、この武雄も肥前国風土記にその名が登場する。

豊臣秀吉は朝鮮出兵の際に、負傷兵士の湯治場として利用したといわれる。

江戸時代は街道の宿場町としても栄え、幕末には長崎を往来した勤皇志士や文人らが盛んにこの湯を訪れたという。著名な人物を挙げると、佐賀藩城主の鍋島氏、江戸時代初期には伊達政宗、宮本武蔵が、また幕末にはシーボルト、吉田松陰らが入湯したといわれる。

戦後は嬉野温泉と共に歓楽温泉としての道を進んだこともあったが、今日ではその傾向は薄い。代わりに観光地としての開発が盛んで、様々な観光施設やモニュメントが設けられている。

アクセス
佐世保線武雄温泉駅より徒歩約10分。
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