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湯平温泉

泉質
弱食塩泉
飲泉時に胃腸に対する効能が特に優れているとされる。温泉水を料理に使ったり、飲用で提供したりする旅館も存在する。かつてはこの温泉水を全国に出荷していた。

花合野川沿いの谷間に温泉街が広がる。

温泉街の通りには江戸期に作られた石畳が敷かれ、その両側に飲食店や土産屋、共同浴場、旅館が並ぶ。温泉の旅館・ペンションなどが共同で営業するショットバーも存在し、昔ながらの雰囲気だけではなく新しいものも取り入れられている。人気の由布院温泉にも近く、最近は若年層を中心とした宿泊者が増加傾向にある。

共同浴場は5軒が存在する。

金の湯
金の湯は以前は源泉に多量の土が混じり、黄色い色をしていたためにこの名があるが、湯量減少に伴う近年のボーリングにより現在は透明なお湯となった。透明となったあとも泉質に変わりはない。
銀の湯
銀の湯は2006年にリニューアルされ、足湯が併設された。
中の湯
中の湯は長らく休館していたが、リニューアルの上で再オープンしている。
橋本温泉
砂湯(中央温泉)
砂湯は花合野川の川面の間近な場所にあり、台風や大雨などにより花合野川が増水した場合は土砂が流入したこともあったことから、現地では昔から「砂湯」の名称で親しまれている。中央温泉の別名があり、一時はこちらが正式名称とされ、川に面した壁に「中央温泉」と書かれていた。
入浴料は1箇所につき100円~200円であるが、管理人は常駐しておらず、各浴場の入り口付近に祀られた地蔵の賽銭箱に入浴料を投入する。当温泉の宿泊施設の宿泊者は無料である。

猿が湯に入っていたところを見て、温泉があるのを発見したという開湯伝説がある。

その効能の高さから、古くから湯治客が多く訪れ、鎌倉時代には既に湯治場として開けていたとされる。史料でも、室町時代には温泉が存在していたことが確認できる。

現在の温泉街の象徴的光景ともいえる石畳は、約300年前の江戸時代に、住民たちにより花合野川の石を用いて作られた。明治時代に2度あった大火からの復興時も、石畳が取り壊されることはなく、石畳の道を中心として町並を復興した。

1930年には、種田山頭火がこの地を訪れている。

1959年5月4日、厚生省告示第115号により「湯布院温泉」として、由布院温泉とともに国民保養温泉地に指定。

アクセス
鉄道:JR九州久大本線湯平駅よりタクシーで約10分または徒歩約1時間。同線由布院駅よりタクシーで約30分。
※湯平駅・由布院駅からの路線バスは2007年1月に廃止され、由布市コミュニティバスが運行している。
車:大分自動車道湯布院インターチェンジより約30分。
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テーマ : 温泉旅行 - ジャンル : 旅行