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粟津温泉

泉質
芒硝泉

旅館8軒(粟津温泉観光協会加盟)のこぢんまりとした佇まいだが、各旅館が自家掘りの源泉を持つ。元々は保養、湯治向けの宿であったが、高度経済成長期における周辺温泉地の拡大に伴い、各旅館が建て替えを行った。旅館「法師」や共同浴場が当時の面影を残す。近くには北陸有数の名刹、那谷寺がある。

共同浴場は「総湯」が存在する。

開湯1300年とされる歴史の古い湯で、北陸で遍く信仰された泰澄大師が白山権現のお告げによって発見されたと伝えられる。その後は保養、湯治向けの湯として長く知られてきた。しかし、戦後高度経済成長期に阪神圏から団体旅行客が大量に押し寄せ、山代や山中、片山津は相次いでホテルチェーンの建設や既存旅館の増築によって次々と拡大、粟津もその開発の波に呑まれた。そして、従来の木造旅館は建て続けに取り壊され、近代的な鉄筋のホテルに建て替えられるなど、温泉街の風貌は一変した。だが、1980年代から団体客も減少し、経営が圧迫され、旅館数はほぼ半減している。言うならば拡大戦略は失敗、行楽温泉としても何とも中途半端な位置付けとなってしまった。その中で旅館「法師」は、開湯とほぼ同じ歴史を誇る(世界最古の宿泊施設として、ギネスブックにも載っている)だけあって、今も木造旅館の姿が残されており、なお健在な姿を見せている。(他にも拡大路線を採らなかった中小旅館はあるので念のため)。

今日では文化や歴史、伝承を重視したイベントに力を入れており、集客力アップを見込んでいる。「おっしょべ節」や「いで湯太鼓」などはその代表である。

アクセス
鉄道 : JR北陸本線加賀温泉駅より車で15分。
バス : 小松駅から小松バス「粟津温泉」・「那谷寺」行き。もしくは金沢駅より北陸鉄道温泉特急バス(山中温泉行き)で「粟津温泉」下車。

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美川温泉

泉質
含重曹食塩泉
弱食塩泉
源泉温度38~48℃
毎分湧出量285リットル
黒色をした源泉

手取川の河口近くに3軒の旅館、ホテルが存在する。

共同浴場はないが、温泉地にある旅館にて日帰り入浴が可能である。

開湯は1971年である。

アクセス
鉄道:北陸本線美川駅より徒歩約10分。
車:北陸自動車道美川ICより約5分。

テーマ : ♡温泉だいすき♡ - ジャンル : 旅行

能登和倉温泉



泉質
ナトリウム・カルシウム塩化物泉
(高張性弱アルカリ性高温泉)

和倉港に面した30軒ほどの旅館が並ぶ。大規模な旅館が多く、とりわけ加賀屋がその代表格。同旅館は規模、レベルとも日本トップクラスの観光ホテルであり、同時に高級旅館が建ち並び、贅沢な空間を提供する和倉の位置付けを標榜している。また、能登観光の玄関口でもあり、海のレジャーゾーンで知られる能登島にも近く、七尾市街にもフィッシャーマンズワーフなど見所がある。その観光拠点にもなっており、必ずしも敷居が高い高級旅館だけではなく、規模は上から下までである。

開湯1200年とされる歴史の古い温泉で、傷ついた白鷺が癒しているのを漁師が発見したと伝えられる。

地名の和倉とは「湧く浦」、つまり湯の湧く浦(入り江)であり、海の中から発見された。そのため、潮が退いている時でないと湯を利用することができなかったが、近世には七尾城主の畠山氏、加賀藩の前田氏によって温泉が整備され、共同浴場が置かれた。

温泉地として本格的に開発されたのは明治時代になってからであり、戦後になって交通アクセスの向上に伴い、温泉街も大規模化した。高度経済成長期になって能登半島方面に観光ブームが沸き起こり、その後北陸本線の特急が直行、急速に宿泊客が増加した。一時は同じ石川県内加賀温泉郷や隣県である福井県の芦原温泉と同じく歓楽要素を持っていたが、今日その傾向は薄く、加賀屋旅館の影響もあって各旅館とも高級指向を全面に打ち出している。今日では山代温泉を抜いて、県内温泉地で宿泊客トップを誇る。2007年の能登半島地震では温泉の汚濁や旅館の損壊がおこり大半の旅館が被災した。ほとんどの旅館が営業停止なったが、大部分の旅館は4月1日迄に営業を再開した。 2007年5月、足湯パーク「妻恋舟の湯(つまこいぶねのゆ」がオープンした。

アクセス
能登空港から車で40分、JR七尾線和倉温泉駅より約500m
和倉温泉駅もしくは七尾駅から七尾バス和倉温泉行きを利用

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