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湯村温泉

泉質
ナトリウム・カルシウム - 塩化物泉(低張性弱アルカリ性高温泉)
ナトリウム・カルシウム - 塩化物・硫酸塩泉(低張性弱アルカリ性高温泉)
ナトリウム-塩化物泉(低張性弱アルカリ性高温泉)
PH値平均8.24、伝導率平均2862.1[μs/cm]
源泉数 : 12箇所
源泉温度 : 平均40.8℃
湧出量 : 毎分966.3リットル


甲府駅の北西部に15軒の旅館、ホテルが存在する。各宿泊施設では、宿泊者専用の湯巡手形を発行している。

共同浴場は一軒存在する。

温泉街の里山である「湯村山」には武田信虎の時代から使われた、湯村山城(湯ノ島山城)の跡があり遊歩道が整備されている。山頂には当時の烽火台(狼煙台)が再現されている。

弘法大師開山の厄除け地蔵尊として知られる福田山塩澤寺、北山三十三観音巡りの一番札所である松元寺、湯の守り神を祭る湯谷神社、武田家縁の千塚八幡神社、芸妓稲荷、弘法水と弘法石芋伝説の残る龍元寺など多くの神社仏閣がある。

湯村山西麓に位置し、中世の志磨庄にちなみ志磨の湯とも呼ばれる。。開湯伝説として、大同3年(808年に空海(弘法大師)により発見されたという説と、鷲が傷を癒している所を当時湯村に住んでいた村人が発見したとする説がある。共同浴場に「鷲の湯」の名前が残る。


『甲陽軍鑑』に拠れば、天文17年(1511年)、村上義清との上田原の戦い後に武田晴信(信玄)が30日間湯治をしたと記述され、戦国時代には信玄の隠し湯で志磨の湯と呼ばれていた。また、武田24将の一人である多田三八による天狗退治の伝説があり、「鬼の湯伝説」と呼ばれている。

江戸時代には、都を追放された良純親王が住んだ場所であった。江戸後期には葛飾北斎の団扇絵に、「勝景奇覧 甲州湯村」という題名で描かれている。

明治以降は、井伏鱒二、太宰治、松本清張、山口瞳、田山花袋、飯田蛇笏、竹中英太郎、中村宗久、赤池東山など多くの文人・俳人・画家・書家も逗留したり、住んだりしていた。

アクセス
鉄道 : 中央本線・身延線甲府駅よりバスで約15分。(甲府駅南口3番乗り場より)、竜王駅からタクシーで約10分。
車 : 中央自動車道甲府昭和インターチェンジから車で約15分、双葉サービスエリアスマートインターチェンジから車で約15分、韮崎インターチェンジから車で約25分。
高速バス : 新宿駅から湯村温泉への直行便が1日3往復ある。

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裂石温泉

泉質
アルカリ性単純泉
源泉温度27℃
pH9.9
無色透明の源泉

秩父多摩甲斐国立公園の中に、日本秘湯を守る会にも属する一軒宿の雲峰荘がある。大菩薩峠も近く、中里介山が逗留した雲峰寺が近くにある

源泉をペットボトルに詰めたミネラルウォーターの販売もしている。

開湯伝説によれば、1200年前の開湯である。

落雷により割れた岩の間から源泉が湧出したとされる。石が裂けたことが温泉名の由来ともなった。

アクセス
鉄道:中央本線塩山駅よりバスで約40分でバスの終点へ。そこから徒歩約5分。

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石和温泉



泉質
単純温泉

温泉街の規模は熱海に次ぐともいわれ、宿泊施設は大小合わせて120軒を超える。団体客向けの大型ホテルから、レジャー要素の強いスパリゾートホテル、家族向けの小旅館、情緒溢れた純和風の高級旅館など様々。また、温泉病院も多く、保養、療養温泉としての一面も持っている。

温泉街には「石和源泉足湯ひろば」という足湯および手湯が存在し、有料で利用することが出来る。足湯は2007年4月1日に誕生している。

歴史は新しく、1961年に果樹園の中から突如として温泉が湧出、青空温泉と称した。湯量が多く、また東京から1時間半と首都圏とのアクセスが良かったために奥座敷として発展。とりわけ団体客向けの歓楽温泉として知られ、大規模な風俗街も作られた。今日ではニーズの多様化に伴い、その脱却も図っており、近年は純和風の高級旅館やファミリー向けの家族風呂など多種多様である。その他、笛吹川の鵜飼いや八幡神社の太鼓演奏など歴史、文化の強調したイベントを開催。また特産物の果樹とも結びつけて、ワイナリーが至る所に点在する。

2004年に発生した温泉偽装問題では、水道水を使用していたにも関わらず温泉利用を謳っていたホテルがあると報じられた。

アクセス
鉄道:JR中央本線石和温泉駅下車
高速バス:石和温泉停留所下車。

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